所長の日日坦坦(ひびたんたん) 「未だ坦坦たりえず」
1.所長の日日坦坦 「未だ坦坦たりえず」
本号が皆さまにとって有益な内容でありますことを願っております。
小説家、中島敦(なかじま あつし)との出会いが高校の教科書だったという方も多いでしょう。私もその一人です。深く渋い赤色をした山川出版社の現代国語教科書だったことを覚えています。
その教科書に掲載されていたのは、「山月記」(さんげつき)。詩人になりたかった男が夢破れて苦悩の沼にはまり、ついには虎に変身してしまう物語です。
中島の小説は中国の古典を題材にしており、私たちにもなじみのある人物がよく登場します。また、その文章には古典から学んだ言葉も多く使われており、見た目には難しい言葉が並んでいるようですが、流麗であって力強さも感じられる見事な文章だと思います。
小説には様々な人物が登場しますが、私が最も気になる人物は「弟子」(でし)に登場する子路(しろ)です。
暴れん坊で知られた子路は、学問をたっとび、その頃ちまたで名の高い孔子(こうし)という人物をやり込めようとして逆にその偉大さに触れ、その場で弟子となります。暴れん坊の本性はなかなか抜けきらないものの、教えに忠実たらんとする子路を孔子は熱心に指導し、やがてある国の重臣として仕えさせます。
子路は師の期待に見事に応え、その国も栄えるのですが、政変が起こり、これに巻き込まれた子路は、ついに政敵の手先に殺害されてしまいます。死体は塩漬けにされてさらしものになり、これを聞いた孔子は生涯塩を断ちました。
子路はとにかく真っ直ぐです。剛直で正直、実直で愚直、ときに安直。そんな子路が私は気になるのです。
中島敦は33歳で病没します。生涯に残した小説は三十数編。その多くは死後に発表されたとのことです。文豪と呼ばれるには、さらに数年を要しました。